鵠沼通信

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2013年 04月 07日

学生寮三楽とM君のことなど

学生寮三楽で検索して訪問される方がいるので、自分でもネット検索してみると、不動産屋の物件写真をみつけた。 
家賃は26000円である。 私が住んでいたのは1979年の春から1981年に卒業するまでで、35年前のことである。 当時は確か15000円ぐらいだったように思う。 部屋の外観や作りはほとんど変わらないが、そのころにはなかったシャワーとランドリーが設置されているが、1階のひと部屋をつぶして作ったのだろう。 ネットで調べると、近くの、といっても徒歩10分ぐらいのところにあった銭湯が無くなっているからのようだ。

当時はよくお互いの部屋を行き来して、いつも鍵も開けっ放しだったように記憶している。 中央大学生が多かったと思うが、印象に残っているのは専修大学を中退して青森に帰ったM君のことである。
学生寮三楽に引っ越して間もなく、背が高く、やせたM君が部屋にやってきて一緒に飲もうと誘ってくれた。
私は1階、彼のその真上の2階の部屋に住んでいた。
もう一人か二人一緒に飲んでいたように思うが、よく覚えていない。 飲んでいたのはサントリーのブランデーV.O.で、これはトリスと同じような値段の安酒だが、ブランデーということでやや飲み口がまろやかだった。 
そのころは、焼酎を飲むというのはあまり一般的ではなく、若者の酒はウイスキーであったのである。
青森出身のM君からは、ねぶたの話を聞いた。 ねぶたの夜がどんなに盛り上がるか、そして若者にとっては一触即発の危険なけんかの場所であることなど。
M君は毎晩のように、遅くまで誰かと部屋で飲んでいた。 当時の若者がやるように、ギターを弾いたりステレオを鳴らしたり結構うるさくしていた。彼の部屋の真下に住む私は、彼の騒音を迷惑に思っていた。
ある夏の夜、連夜の騒音にたまりかねたのか、となりのアパートから怒鳴り声とともに酒瓶が飛んできた。
M君は怒り、1階にいた私のところへやってきて、仕返しに行こうと言ったが、私は、自分もうるさいと思っている、隣の人が怒るのも無理はない、仕返しなどやめておけと言った。
彼は私が迷惑に思っていたことを黙っていたことにおどろき、なぜ言ってくれなかったのだと言った。
それから、M君とは疎遠になり、まもなく彼は大学を中退し青森に帰っていった。 実家だったか親戚の家だったかの寺をつぐためとのことでった。
彼が出て行ったあと、私は1階から、やや日当たりのよい、彼が住んでいた2階の部屋に移った。 
それから、1年ぐらいもたったころであろうか、彼が死んだことを聞いた。 
心臓麻痺かなにかで道路わきの側溝に倒れているところを見つけられたそうである。
M君とは短い付き合いであったが、ねぶたの季節になると彼のひょろっとした体形やほくろの多い顔を思いだすのである。
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by hon-kugenuma | 2013-04-07 18:23 | Comments(0)


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